うなドン    

NO,001

■ うなドン

  1月

著者:青山 潤
出版:株式会社 講談社

このところ科学の世界で、功名をあせるあまり論文の不備や不正
が話題に挙がっているが、本書を読むとそのあたりの科学業界の
事情が良くわかる。
事情が良くわかると書いたが、本書はその実態を告発するのでは
全く無く、また、問題提議をしているような真面目な本では無い。

本書は、一言でいうと「はちゃめちゃ」で痛快な本である。
まあ、タイトルからしてその手の真面目な本では無い事はわかるけど・・

著者は、私立の大学を出てボリビアに海外青年協力隊に出掛け、
自身の力不足に思い切りぶつかり挫折し、かつ、世界では博士の
称号を持つ人達に対して絶大な信頼を寄せる階級社会を目の当り
にしたのを受け、よし、俺も博士号を取るぞと大学院を目指す。
そして、神のいたずらか、なんと日本の最高学府である東京大学
の大学院の入学試験に合格する。

その大学院でうなぎの研究を行う事となり、世界のうなぎの標本
を集める事となる。
本書は、その鰻獲りの様子を記した紀行文である。

鰻の標本を採取するために南国に向かうのだが、限られた時間で
成果をあげなくては次の研究予算が降りない。
その為、調査時間を最大限に取るために、飛行機はエコノミー、
ホテルは最低ランクのエアコン無しで、シャワーが共同のところ、
移動は現地ガイド無しのバス、これで、政情不安や治安の怪しい
ところに出向いていく。
時として、それが最高のリゾート地タヒチであったとしても基本
のアプローチは同じである。

タヒチという南国の楽園の綺麗な小川のせせらぎに、こ汚い作業
服を着たヤスを手に持つ怪しい東洋人の三人が、観光客の目も気
にせず、うなぎを求めて川にヤスを突き、奇声をあげて岩を持ち
上げ、みつけたうなぎを岸部に投げつけて頭を殴ってぐったりと
させ、口に手を突っ込み「違う」と叫んでそのうなぎを、また川
に投げ入れる。
これが、日本最高学府の東京大学大学院の教授と大学院生である。

この積み上げた下積みの時代があって、著者達は世界で初めて鰻
の産卵場所を特定する快挙を得る。

学府の世界は、世間一般からはちょっと違う世界である。
先ほどの研究予算でも、成果が上がらなければ予算は降りない。
成果が上がるかどうかはやってみなければ分からない博打の世界
である。
皆、研究者としての生活が掛かっている。失敗は許されない。
成果をあげる最善の方法、それはいかに調査研究の時間を増やす
かに繋がる。
つまり限られた予算で、長く研究調査する為に他を削る事となる。
交通費を削り、宿泊費を削る。時には治安の悪い場所で、初めて
あった住民の家に泊まらせてもらう事や、山中を彷徨い、野宿を
する事となり、食糧も無くひもじい様子を現地の住民が見るに、
見かねて、食糧を恵んで頂く事もある。
悲しくもあり、また、命をはった仕事でもある。

また、博士号を取るためには最低条件としてその分野でその時点
で、世界一詳しい専門家でなくてはならない。
それを達成する為の研究行為は、上記のようなフィールド活動を、
同じような研究を行う他者とどちらが先に成果をあげるかという
競争を常に行っている。
ある意味トップアスリートであり続けなければならない。、
また、調査研究でフィールドに入る前の準備や、現地での様々な
折衝や交渉、時には脅し、時にはなだめといった様々な技を用い
成功に結び付けなくてはならない。さらに、熱帯の灼熱の中での
作業、まさに格闘技でもある。
研究者は日々闘い続けなければならない。

そんな競争の世界では、本来国から調査許可が降りた上で行うはず
が、なかなか許可が降りない為、申請中にも関わらず見切り調査
を行ってしまう。
その背景として、調査準備に多くの時間が割かれ、予算が降りた
以上、決められた期間に実施しないとまずい現状と、人よりも、
一歩でも先に行かなければ全てが無になる今の科学の世界の現状
があるようである。
それが故に、入念にチェックして100%不備の無い論文を提出
する事が困難になったり、また、先を越された科学者がその論文
をひっくり返そうとアラを探したり、また、コンプライアンスという名の
元に、足を引っ張って自らのメシの種とするマスコミがここにはいる。

そんな現状に著者は、
成果主義に偏るあまり、研究者本来の目的である真実とは何か?
の追及が、おろそかになっているのでは無いのだろうかと言って
いる。
また、競争についても、それに偏るあまり研究の本質が薄まって
いるではないかとも言っている。

が、著者は闘うのが好きのようでもあり、そんな競争社会を楽し
んでいるようでもある。
そして本書が痛快なのは、常人の考えではそれはいけない事では
と思われる事も、研究成果をあげる為にはやってしまう「はちゃ
めちゃ」さにある。
「うっせ〜、大事なのは結果だ〜!」と言っているようでもある。

と書いてはきたが、この本、読んでいて随所で笑えます。
著者の文体は軽妙であり、くすぐりのネタが満載である。
たとえば、
「万一、海賊が乗り込んできてた場合、抵抗することは絶対に
やめてください。」
そう言ったのはディスニーランドのアトラクションのアルバイト
ではなく、全長百メートル、五層の甲板を持つ大型学術研究船
白鳳丸の春日一等航海士だった・・・
笑えます。
この触り、この後どう展開するんだろうとわくわくしてくる。

常人には計り知れない世界がここにはある。








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面白かった本などを紹介します。
2015年に読んだ本の中からの紹介です。