海流の中の島々

  5月

著者:アーネスト・ヘミングウエイ
訳者:沼澤洽治
出版:株式会社 新潮社

この本を読む場所は決めている。

それは、海を見渡す浜辺の日陰。碧い空と翠い海と白い砂浜が
見える場所である。聴こえるのは波の音と僅かな鳥の囀り。
この本は、そんな中で読むのがお似合いである。

第二次世界大戦の最中、キューバ沖からアメリカ南部を狙う、
ドイツの潜水艦を阻止するのが主人公の今の任務。
本来は、人気画家として、上流階級の人達と交流し、結婚して
離婚した二人の人気映画女優との間に三人の子供を授かって、
ゴーギャンのように南の島に憧れ、キューバで船を持って暮ら
していたのを、この海域に詳しいとの事で、戦争に駆り出され
たのであった。
そして、メキシコ湾で活動するドイツのを潜水艦を追跡して、
制圧する任務を行う様子が描かれている。

任務を遂行する中で、家族の事、自分自身の人生、こんな状況
に置かれた、追われる若いドイツ兵への思いを綴る、ヘミング
ウエイの文章は、人生の喜びと辛さと重みを深い皺の如く描い
ている。
そこには、正しい、正しく無いといった二通りの解釈では語れ
ない、もっと意味深いものが潜んでいる。
そして、人は、その置かれた状況の中でいかに生きるかを説い
ているようでもある。

さて、この小説は、生前に書き記した未発表の未完成の作品で
ある。ヘミングウエイの死後、夫人が中心となり整理・加筆を
されて発表されたとの事。
生前、ヘミングウエイがライフワークとして、陸・海・空軍を
テーマにした作品を著そうとしたのだそうだが、その海軍の部
に当たる小説の構想ノートだったらしい。そして、いずれの部
の小説も発表されておらず、その構想ノートとして残っている
のが、この海の構想ノートだけなのだそうである。
そして、この構想ノートから、ヘミングウエイが生前に著した
短編小説がノーベル文学賞を受賞した「老人と海」である。
「海流の中の島々」と「老人と海」。
それぞれ、生きている事の意味をテーマにしていて考えさせら
れる作品である。

そんな重いテーマの作品なのだが、海を見渡す事が出来る日陰、
碧い空と翠い海と白い砂浜、聴こえるのは波の音と僅かな鳥の
囀りの中で読んでいると、肌に感じる風と潮の香りのおかげか、
自分が、小説の世界の中に入り込み、主人公の目線で見ている
ような気がしてくる。そして、その重苦しいテーマが、明るく
清々しい風と潮の香りのおかげで、気持ちを和らげてくれつつ
深い皺の中へと誘ってくれる。

この本は、海辺で読む事をお勧めする。






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