NO,001

■ お前ら気に入った!


はるか昔の話である。
国内で最も遠いところに行った時のお話である。
ひょっとしたらこの地球上で最も遠い場所、最も時間がかかる場所がこの日本の中にある。
小笠原である。
ここに行って帰ってくるには、最低でも5日はかかる。
この地をゆっくりと堪能するとしたらさらに7日はかかる。都合12日、約2週間である。

はるか昔、無理やりまとまった休みを取って小笠原に行った時のお話しである。
ここまで来たのならついでに日本国籍を有する者として、行く事が出来る最も南の日本の地、
母島にまで行ってしまおうと思ったのである。
竹芝桟橋から父島までの船旅約26時間、大きな船とはいえ皆何もやる事がないので、自然
と初対面の方々とも行きの船の中で仲良くなってしまう。
「どこまで?」「母島?」「どこ泊まるの?」という会話から自然と同じ日、同じ宿に宿泊
する人間は、船が父島に着く頃には同じグループにまとまっていく。
父島で大きな船を降り、さらにそこから3時間、小さな船に乗って母島に行くんである。

さて、同じ宿に宿泊する事となったその時初めて会った面々6名、これも何かの縁であろう
という事で盛り上がる。お互い、何か怪しそうな面々である。
こちらも適当な理由をつけて、無理やり休みを取った身である。みんなどうせろくな事でも
無い言い訳でここに来たんだろうと思うわね。お互い大変怪しい。

そんな怪しい面々、今日泊まる民宿ってどんな民宿?と調べると面白い事がわかる。
ここ小笠原では鯨が回遊してくる土地である。かつて、江戸幕府が開国したのもここ小笠原
が世界にとって、一大捕鯨地域だった事に遠因する。
この宿は、捕鯨調査団の監視監督員が定宿にする民宿だったのである。

さあ、こんな事がわかったのであれば、このまま大人しくしている訳には行かない。
「へぇ〜」「と、いう事は・・」この二言で初めて会った面々、お互いの意思は完全に一致
したのである。

こういう時というのは、凄いね。
よく企業の研修で初めて会った人達が、互いにグループを作って協議してグループ発表する
プログラムというのがあるが、この設定程、瞬時に互いの利害が一致して完全なるグループ
となる事は無いのではないだろうか。

すぐに作戦会議である。
捕鯨調査団監督員定宿=鯨の肉があるかも?=鯨の肉で最上なのは尾の身=ひょっとしたら
運が良ければ、絶対と言っていいほど食べられない超高級食材にありつけるかも??
という方程式が瞬時に浮かぶんである。
いかに宿のご主人に気に入ってもらって「尾の身」のご相伴に預かる事が出来るかである。

食事が始まって20分、この宿に泊まる事になった顛末と互いに船で意気投合した事を話す
のは誰、この宿が捕鯨調査団監督員定宿だという事を宿のご主人に言わせる役目は誰、それ
を受けて、鯨の最も美味しい部位はどこと聞くのは誰、そんなもの食べた事無いなぁと言い
つつ「一度は食べてみたいぁ〜」と間合いを詰めて言うのは誰、綿密に計画を立てる。
これは、お互いの協力と呼吸が大切である。食事前、真剣に打ち合わせを行い食事に臨む。
今日、初めて会った面々とはいえ、こんな機会は一生に一回である。皆、真剣である。
さて、食事に臨む。いよいよ本番である。

順調に各人、間合いを見て話を盛り上げて行く。さて、勝負である。
「ここの宿、凄いですね。こんな宿に泊まれてみんな幸せだよね〜」
「鯨の尾の身!一度は食べてみたいなぁ〜」
酒を飲みながら今までの会話を心地よく聞いていた宿のご主人、ここでこうのたまった。
「お前ら、気に入った! 尾の身出してやれ!!!」
かくて、本日初めて会った面々、互いの力を出し合って見事目的を果たしたのあった。

えっ?何?尾の身って美味しかったって?
聞くだけ野暮ですよ〜。













前のお話へ 次のお話へ


 心に沁みるお言葉
古来より、日本には言霊(コトダマ・コダマ)信仰というのがあります。
発した言葉自体が生命を持って何かを為すという考えです。
UKIの心に沁みたありがたいお言葉をお伝えします。