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■ 江戸の釣り

1月

著者:長辻 象平
出版:株式会社 平凡社

日本のスポーツ人口で多分、最も多いのは釣り人口ではないだろうか。
無量庵サイトでもご来訪頂く方の半分以上は、釣りのコラムをご覧になっている
ようである。では、そんなスポーツとして、または趣味としての日本の釣りが、
どのように成立していったのか?古文書を基にまとめられたのが本書である。

日本で最初に書かれた趣味の釣りの書物とは何か?
元禄期の江戸、旗本 津軽采女の「何遭^」かせんろくと読みます。
ちなみに世界で最初に書かれた釣りの本は、イギリスのおばさん修道院長である。
津軽采女も女性かというとれっきとした男性。将軍お気に入りの能役者が詰める
桐の間の番人である。
時の将軍は、悪法高い「生類哀れみの令」の徳川綱吉。ちなみに、このお触れは
段階的に何回も発令され、しまいには何が獲って良くて何が獲って悪いのかよく
分からなくなってしまった悪法らしいのだが、その訳は気分屋将軍綱吉が、思い
つきで、獲ってはいけない動物の種類をその度に増やしていったらしい。
今でも仕事の打ち合わせやブレストの際、時々出てくる「ジャストアイデア」と
似たような困ったちゃんである。「言うのは勝手だけどね」という奴である。
で、かの「生類哀れみの令」修正第何号、漁師以外の者が魚を釣ってはいけない
と発令されるのが、津軽采女の死んだ数日後であり、この方かなり将軍様に気に
入られていたようである。

そんな江戸期の釣りに関する多くの書物を基に、当初武士を中心とした釣り文化
が華開く。芸術品にまで昇華した釣り道具や、あくまで収穫では無い景色を堪能
しつつ魚との会話を楽しむ趣味の釣りは今の釣り以上により洗練されている。
当時の釣りの心得で名文がある。
「陸釣りは第一在辺、或は野田の見晴らしをこそ楽しみ、一体無心にして物事に
かかわらず、身をこなし気を養ふことを肝要とす。依て釣りを好める老若男女共
に無病なり」
また、当時も今も、そんな釣りに夢中になる馬鹿者とその奥方との抗争は、果て
しなく続く。こんな川柳がある。
「この針で釣れるものかと大喧嘩」「釣りを見てゐたなら女房玉の輿」
釣りをしていて国を釣った太公望のお話である。また、こんなのもある。
「釣り好きが寄って孔子をやたら誉め」
論語に「子釣りして綱せず・・・」俺は漁師ではないといったところか。
もっとも、こんなのもある。
「釣れますかまぬけが馬鹿に物を問う」

ところで、仕掛けで天秤というのがあるが、これは正式には片天秤という。
江戸時代の天秤仕掛けはその名の通り、両天秤が殆んどだったようである。現在
では、アナゴ仕掛けにその名残が残るくらいか。
また、当時の釣り針は焼きなましで柔らかかったようである。理由は根に絡んだ
時には釣り針が伸びて回収する事が出来、専用の針曲げでまた曲げて釣りを再開
するという。物を大切にし、かつ本当に環境に優しい釣りであったようである。











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空の写真 今月の本(2004)
面白かった本などを紹介します。
2004年に読んだ本の中からの紹介です。