NO,014

■ タンポポ・ハウスのできるまで

6月

著者:藤森 照信
出版:朝日新聞社

ここのところ住まいの事を考えていて本を読み漁っているのだが、そのうち心に留めて置き
たい幾つかの本に出会う事が出来た。本書は、そのうちの一冊。
以前より本のタイトルで思わず手が出る事が多いのだが、この本もそういう思わず本である。

最近、屋上緑化や壁面緑化が叫ばれているが、タンポポ・ハウスはまさにその魁的存在の家
である。著者は最高学部東京大学の生産研究所の教授、エライ先生である。
その先生が、ひょんなきっかけから資料館を設計する事となる。東京大学の教授という立場
から周囲の期待は大きく、それに応えなければならない。建築家というのは一種独特の匂い
がある。芸術家とも微妙に違うのだが、作品が時として自分が死んだ後にも残ってしまう。
独創的で普遍性を求められる職業である。なぜ、こんな建物、時として変な建物と思われる
自分が設計した建物について、コンセプトと理論を基にして相手が理解出来るように説明を
しなくてはならない。面倒くさいし、理屈を捏ねなければならない職業でもある。
「トイレに入っていたら、突然アイデアが浮かんだから」では説明にならないのである。

そういえば、建築士の方数名が友人にいるが、普段一緒に飲んでいると普通のオヤジである
が、書かれた文章を読むと深く考察されているなぁと思う事がある。やっぱり士業を持って
いる人は違うんであろう。ちなみに我が父も一級建築士だが、そんな風には見えない。尤も
父の書いた文章見ていないからね。

という訳で、著者は独創的な資料館を設計する。
日本古来の手法を用いた建物である。大変明確なコンセプトである。
製材を木割りという方法で行う。忘れ去られようとしている古来の手法をようやく探し出す。
壁は漆喰で荒れた質感を求める。平らに仕上げる事を心情としている職人とひと悶着する。
鉄平石で屋根を葺き、やがて出来上がった建物は、「国籍不明の民家」と評される。
古来の手法を取り入れた建物は見た人が皆、何かしかの郷愁と思い出を回想する。
それは近くの古い家だったり、土蔵だったりする。皆住まいに繋がっていく。

ところで、本書の中で大変興味を得た部分がある。
最近、シックハウス症状で化学製品の壁剤を回避する動きがある。
その代わりに古来からの漆喰が見直されている。著者が強い漆喰とは何か?と調べた結果、
「土佐漆喰」に行き当たる。「土佐漆喰」は風雨の激しい土佐の地でその風雨に絶えられる
ように考案された漆喰である。大きな特徴は、藁を醗酵させてその液と醗酵藁を石灰と混合
する事で一種の科学反応が起こり、漆喰がより強くなるのだそうである。
藁の醗酵には約半年を用し、またその醗酵臭もかなりのものだそうである。手間は掛かるが
「土佐漆喰」は憶えておいたほうが良い建築材かもしれない。

本書は東京大学の教授が書かれた本なので、難しくて固い本かと思うととんでもない。
まず、タイトルからしてそうじゃない。本文もなかなか洒落たユーモアが光る。
いくつかを紹介すると、
「家にタンポポを生やそうなんてアブナイことを、私はハナから考えていたわけではない」
「フジモリも実際やらせりゃ、このていどか、言葉ほどにもないって言われたくない」
「歴史という死んだ世界のなかで死んだまねしてなお生きていく」
「イデオロギーには、古来、現実を無視する力がある」
「いつまで待っても屋根はない そういう家だって20世紀には出現したんだ」
「21世紀は内田の天下か ヤダナァ」
「中堅のカタイ企業として業界では通っている コンクリートよりもカタイと聞いたことも」
「左官のココロはその場で一気に」
「センセー、いま、明日の打ち合わせ中なんだけど、左官が明日から来ないって」
「私のスケッチしたディテールを見た彼は、なにもいわずに、カバンに納めた。なにもいわ
ないけれど、ほとんど興味がないらしいのは、カバンに納めるまでのスピードでわかる。
これまで何度もあったし、これからも何度も繰り返すいつものシーンにちがいないが、それ
にしたって、センセーが原稿用紙の裏とエンピツをいくつもいくつもムダにして到達した
ディテールに対して、冷たい」
「主演・しばる。助演・セメントと溶接。しばるが桧舞台に立った例は知らないし、まして
主演をつとめるなんて前代未聞、あるいは内田舞台監督としては、コイツだけは出演させた
くなかったかもしれないが、ほかにかわりがいないのだから仕方あるまい」
「足場をはずさないと絶対にわからない。はずす前にわかってしまうようなのはロクなもん
じゃない。現代建築のいくつかのものは、だいたい模型や透視図の段階でわかるし、その前
の設計図の段階でわかってしまうものもある。ひどいのになると、コンセプトを聞いただけ
でわかる。そんなのはわざわざ実物をつくらなくてもよい」
「石井さんが甲高い声でワタシャ あきれてしまってなにもいえないがだれかなにかいえョ」
「タイヘンデスネでは通るまい。ふつうならアタマダイジョウブデスカのシーン。隣のオジサンは、
屋根にタンポポを植えたばかりか、雨に向かって放水までしているのである」
楽しいよ、この本。

そういえば、先日とある国立大学のパーティに行き、大変明るく声のでかい方と名刺交換
した時の事である。その辺の気の良い商店街のオヤジさんのようなその方、ふと、名刺を
見ると副学長と書いてある。国立大学の先生って案外こんな感じなのかも。



















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2006年に読んだ本の中からの紹介です。