NO,006

■ 牛乳の未来

8月

著者:野原 由香利
出版:株式会社 講談社

またまた本のタイトルで気に入ってしまった一冊、表紙の絵も可愛いしね。
と、このジンクスなかなか外れた事はない。何でだろう?

著者は、北海道に住む主婦である。
「日本聞き書き学会」という地域のお年寄りから民衆史を聞き取り、それを作品にして
図書館に納め、後世に伝える事を目的に2000年に札幌に設立された会がある。
著者は、この活動に興味を示し、自ら取材してまとめた作品がこの学会の賞である「松
浦武四郎賞」の佳作を取った。この経験から聞き書きに興味を持ち、以前泊まった山荘
のある牧場を思い出し、牧場主がどのような方なのか疑問を持った事からその方を取材
しようと思い立つ。
「牛乳の未来」この話は、ここから始まる。

旭川郊外の神居町にある「斉藤牧場」は戦後開拓団としてここに入植した。荒地を耕す
中、多くの人が挫折してこの地から去る中、去る場所が無かった斉藤さんは最も支出の
少ない農法、牛の放牧「蹄耕法」に辿り着く。
昭和30年代高度経済成長の中、農業も近代化を目指して高カロリー飼料と設備投資の
集約化による増産が叫ばれる。その中にあって資本投下をせずに旧来から行われた放牧
は、時代遅れだと非難され誰からも相手にされない。そんな中、無担保融資を断り続け
放牧に徹した「斉藤農場」は、細々と生き残った。

多くの融資を受け規模を拡大した農場は、輸入資材の高騰やの輸入自由化の打撃を受け
牧場経営が破綻してつぶれていく。国の方針を受け、農協も農家に多くの借金をさせて
そのお金で資材や飼料を農協経由で販売していく。経営がうまくいかなくなっても本来
農家の為の協同組合であった農協は、具体的に手を差し伸べてはくれない。
戦後、農地解放を行った事で中小農家が多く出来たが、戦後の高度成長と集約化で農業
も大規模集約化を目指す事となる。中小農家の成長化を促す為多くの融資=借金を指導
するが、返済計画の曖昧な無理な融資が祟って経営が破綻して農地を手放す事となる。
結果、農家の数が減り融資の際に農民同士が互いに保証人となった為、借金付きで農地
が保証人に引き継がれ、結果的に農地の集約され農家の規模が大きくなっていく。
農地解放による分散化と、次の時代を生き残る集約化との矛盾を生める方法が、残酷な
方法としてここにはある。

ところで酪農の由来だが、氷河期の氷河により地表を削られ木も生えない土地で生き延
びなくてはならないヨーロッパの人達が、生み出した方法として放牧と羊飼がある。
草を食べその糞が栄養となり、地表が出来ていく。副産物として乳と毛と肉が残る。
野菜を採らなくとも乳とその乳製品、肉で補えるような体を持った人達が生き残ったの
が、今のヨーロッパの原住民である。
では、日本人はどうか?
黙っていてもすくすくと草木が育つ、東アジアの地で長年住んでいる日本人は、本来、
上記のような体質ではなく、果たして乳や肉が必要かという疑問はある。
しかし、北海道の地はそのような東アジアの気候風土ではなく、どちらかというとヨー
ロッパに近い環境にある。「山地放牧」や「蹄耕法」もそんな作物が育たたない場所の
農法といえる。

「斉藤農場」の斉藤さんを取材したこの本、斉藤さんの人生を語るだけでは終わらない。
斉藤さんを軸として、係わり合いのある酪農家の方を追いかけていく。
その中には、斉藤さんを尊敬しているがその経営方法については間違っているという方
が多く登場する。
今までの先駆者としての放牧とこれからの酪農について、著者は探っていく。
ここで紹介される酪農家は、次の世代の酪農家である。北海道ならではの産業であり、
その生産物「牛乳」にまつわるこの業界ならではの話が続いていく。

「日本聞き書き学会」は多分、柳田民俗学から始まる伝承取材という方法を受け継いで
いる学会ではないかと思う。各地の大きな図書館には人文館が併設されている。その地
でどんな人が何を行ったか、どのように生きたかの資料を保存する場所である。
「日本聞き書き学会」は、その成果を図書館に納めるとあるが出版されない資料は多分
この人文館に納められるのではないかと思う。
その時代時代で生きた人が何をどう思い生きたのか?その歴史を綴っているという行為
はとても大切な事であると考える。

最後に余談だが、
ヨーロッパから始まった牧畜、環境を考慮したぶん北海道の風土にあった方法として、
ニュージーランドの牧畜が上げられるそうである。
その方法は、基本的には「蹄耕法」で牛舎がない完全放牧、採乳場を設けそこにいつも
定時(午前8時と午後4時)に牛を誘導して採乳機器で乳を搾る。酪農家の拘束時間は
基本的には、この採乳を中心とした1時間半の時間帯であとは放牧所の管理となる。
その経営も土地を持つオーナーと管理技術に長けた酪農家が、その収益を互いに分合う
レストランのシェフと同様、管理技術の長けた人はより条件の良い牧場に移っていく。
また、コンサルタントがいて土壌検査や経営状況を確認しながら、指導者としてアドバ
イスを行っていく。
低賃金労働者に異存している労働集約型で維持していくアメリカや中国の農業とは違い、
はたまた、片手間に狭い土地で手間と時間とお金を掛けて、経営的に見合うかどうかを
考えずに生産性をあげていく日本の農業とも違い、最も継続性を持ち続ける農業形態と
思える。このような国は農業を基幹産業と位置付け、それに従事する人のステータスも
高い。日本でも早くそのような農場を経営するオーナーが多く出てこないかね。






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2009年に読んだ本の中からの紹介です。