海岸線の歴史

NO,005

■ 海岸線の歴史

3月

著者:松本 健一
出版:株式会社 ミシマ社

名著である。

本を手にとって数ページ読むと、最後まで読む本かまたは途中端折ってでもいいかなぁと
思う本かそのまま元の場所に戻すかに分かれるが、本書は最初の分類にあたる本である。

海岸線について、古代から現状までの歴史についてまずは語られる。
河口の三角州にあった為、今は海岸線から遠く離れてしまったトロイアや、深い喫水線を
持つ外国船の為の港として、埋め立てられた香港や横浜など昔と海岸線の風景が変わって
行った様子が語られる。

現在にいたり護岸工事が原因で、急速に砂浜が失われている本末転倒な多くの日本の海岸
線を紹介している。そして、歴史の中で変化している海岸線が近年、日常から隔離されて
いる事を著者は語っている。
たしかに、初めて竹芝桟橋から大島に行った時、海から見た東京の風景が今までの視点と
は違った新鮮な景色として目に映り、今でも強く印象に残っている。
こんなに海が日常の近くにある事をあまり意識していなかったからである。

さて、著者は日本人の共通の海岸線の現風景して白砂青松を挙げている。
が、その風景も今の日本には段々と失われてきている。
海から遠ざかった日本人は、身近な海を軸としたアイデンティティーを失ってしまった。
日本人の海を軸としたアイデンティティーとして、海からやってきた日本人があると著者
は語っている。その検証として、かつて海辺にあった産家や海に入る御輿や入水自殺など、
海からやってきて海に帰る行為があるとしている。
が、段々とそんな風習は廃れ、わだつみの民と云われた日本人のアイデンティティーが、
失われつつあると著者は語っている。

ここのところ、海の境界線を巡るトラブルが発生していて、日本の対応の遅さが指摘され
ている。本書を読んで初めて知った事だが、日本を取り巻く各国は、海洋局という海事に
関する専門の部署を行政機関として持っていてるが、日本は持っていないらしい。
そんな日本が今後持つ事になるであろう海洋局の在り方について、著者は、今ある海外の
海洋局のような自国保護目的の軍事と経済だけの視点ではなく、多様性にとんだ海洋生物
の保護維持や東アジアの共有財産としての在り方も視野に入れた海洋局にすべきだと説い
ている。これは注目に値する説である。

ところで本書は海岸線に纏わる色々な事象を語っているが枝葉の内容が濃い。
別の言い方をすれば脇道に逸れて脱線しがちだが、微妙によいタイミングで戻っていく。
特にに後半、海を扱った小説を熱く語っている。
大抵の本は最後は、上手くまとめようとするんだが本書は俄然小気味良くなる。
ここら辺も本書が名著と感じるひとつかもしれない。




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