NO,017

■ 闘う純米酒

  12月

著者:上野 敏彦
出版:株式会社 平凡社

戦争中から戦後、つい最近までずっと日本酒は、アル添酒が殆どであった。
酔いはするのだが、何となく甘ったるくて飲み過ぎると、必ず翌朝胃に重く
のしかかるような二日酔いになるのが、アル添の日本酒であった。

そんな日本酒ばかりの中、仕事で東北何県かを伺っている時、取引先のある方
から東北各地の純米酒をご馳走になった。
初めて飲んだ時、こんな美味しい日本酒があるのかと驚いた事が印象に残って
いる。それ以来ずっと純米酒を飲み続けているが、日本料理を食べながら一番
合った食中酒は、ワインでは無く、この純米酒であろうとつくづく思う。

料理の種類によって、また、その時に気候によって、飲みたくなる純米酒は、
様々である。
有名どころでは無く、地方の小さな酒蔵で造られた個性のある純米酒が、その
時々の料理を美味しく頂ける楽しいパートナーとなってくれる。

そんな地方の酒蔵を継ぎ、全てを純米酒醸造に切り替えた主人公「神亀酒造」
の小川原 良征氏に取材して、まとめられたのが本書である。

昭和58年に、全ての醸造を純米酒に切り替えた「神亀酒造」は、もっと利益
率の高いアル添の三増酒造りをなぜ止めたのかを理解されずに、業界団体や、
酒税局から様々な嫌がらせや圧力を受ける。
それでも、諦めずに純米酒だけを造り続ける主人公は、このままでは、地方の
小さな醸造場が潰れてしまうという危機感があったからである。

時は、高度成長期からようやく豊かな日本に変わっていく頃である。
まだ、当時は、醸造所がこれは高くても売れるから一級酒、これは安く無けれ
ば売れないから二級酒と、味や中身にまったく関係の無い等級の決め方をして
いた。もちろん一級酒は高いのでその分、酒税も高い。逆に二級酒は、安い分
酒税も安い。
酒税局は、税収が少なければ困るから一級酒と二級酒の比率を、醸造所に強要
する。
醸造所は、収益を上げなくてはならないから利益の大きいアル添酒を多く造る。
元々、米が無い戦争中にどうやって酒を造るかから始まったアル添酒であるが、
利益を上げたい醸造所と酒税を多く取りたい酒税局のお互いの思惑から、結果
的にアル添酒が多く出回っている事となる。

フランスやイタリアでは、ブドウと水以外のものと入れた酒は、ワインとは、
認めないという時代、当たり前の事が出来ない日本酒業界は、どんどん出荷数
が減っていく。
その中で、地方の醸造場が潰れていく。
そんな現状を打破する主人公は、変化を望まない同業者や日本酒を守っていく
醸造局では無く、いかに多くの酒税を取るかを第一に考える酒税局と対立して
いく事となる。

が、時代は、主人公の考えていた方向に流れていく。
今や、特徴ある地方の純米酒はプレミアが付く程、人気を得て、焼酎ブームの
陰で脈々と、次世代の醸造家に引き継がれていく。
しかし、まだ日本には日本酒を守っていく醸造局は無い。米と麹と水以外の物
を入れた酒を日本酒とは認めないところには至っていない。

最後に、著者は地域の脈々と受け継がれていくものを丹念に取材し、上梓する
活動を続けている。
ここにも、宮本常一の系譜がある。




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面白かった本などを紹介します。
2013年に読んだ本の中からの紹介です。