NO,005

■ 幻の北海道植民軌道を訪ねる

  2月

著者 田沼 健治
出版 株式会社 交通新聞社

味のある最も優れた紀行文は、自転車での旅を綴ったものだと、
いっても間違えは無いのではなかろうかと常々思っている。
そんな自転車での旅を綴った紀行文の中で、なかなかのものだと
感じたのが本書である。

著者は、一介のサラリーマン。還暦を迎え、昔、学生の頃廻った
北海道の植民軌道を改めて探索する、それも自転車を漕ぎながら
廻る旅の記録である。

そもそも植民軌道とは?
かつて、北海道開拓の頃、植民した人々の足や物流の役に立つ、
交通手段として、レールだけが敷かれたものを言う。その上に、
各自勝手に台車を載せて人が引
いたり、馬が引いたりしたものを差す。
レールの敷設資金は自治体が出し、工事や維持管理は地元で行う
といった殖産事業のひとつであったらしい。

そんな植民軌道は、かつては、北海道の地を縦横無尽に敷かれて
いたが、戦争中の金属提供で線路は分断され、その後のトラック
による大量物流時代に押されて、その役目は終了してしまった。
時代が変わって植民軌道は、草に埋もれしまっていったのである。

そんな廃線を辿る旅は、四半世紀前の若き日の自分の姿を探す旅
でもある。還暦を迎え、そろそろ鬼籍に片足を突っ込む準備が、
必要となった自分を振り返る旅でもある。
そんな自分自身の少し寂しくも滑稽な心情が著されている本書は、
なかなか味がある紀行文となっている。

特に、味わい深ったのが、植民軌道を探す旅とはまったく関係の
無い自転車の旅に備え、その準備運動で家の近所をランニングを
するのだが、ある日ある時、散歩している近所の飼い犬に膝を、
噛まれる。
このくだり、著者の移り変わる心情、近所だけに頭から怒る事も
出来ずさりとて簡単に許す事も出来ず、もし、この事でせっかく
の北海道探訪の旅がダメになったらどうしようと苦悶したりと、
様々な自分自身の感情を客観的に記録するかんの如く描いている
くだりがある。
ここんところは、読んでいて、お腹抱えて笑えます。

年を取る事、人間としての年輪を重ねる事は、こういう事なのか
と気付かせてくれる一冊である。





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