本 伊藤博文暗殺事件    

NO,004

■ 伊藤博文暗殺事件

  5月

著者 大野 芳
出版 株式会社 新潮社

江戸から明治に掛けて、日本は、激動と混乱の時代を経験する事と
なるのだが、この近世の時代はそれより以前の時代よりも、多くの
資料が残っているにも関わらず、何とも複雑で判り辛い時代である。

強力な軍事力を盾に、開国を迫る外国との国交を結ぶ事は、日本の
伝統を蔑ろにする腰抜けの行為だと、立ち上がった維新の志士達が、
幕府を倒したとたんに、幕府が目指した開国と外国をさらに進めて
しまう。まるで、相手が赤だと言うのに対して、いや黒だと言い、
相手を打ち負かした後で、いけしゃ〜しゃ〜とこれは赤だと言って
いるようなものである。

この「伊藤博文」暗殺事件も同じである。
単に、朝鮮を統治した総統だった伊藤博文を、暗殺しただけの事件
では無いのである。清国に貢ぎ、清国の属国となっていた朝鮮が、
阿片戦争に清国が破れたおかげで、後ろ楯を失い清国と同様に西欧
列強の国々から曝される事となる。同じような立場の日本と互いに
組んで対抗しようと始まったのが日韓併合である。
そして、その日韓併合をどのように進めるかについて、明治政府の
中でも穏健派と急進派との間で意見は別れていた。
その中で、朝鮮寄りの考えを持っていた穏健派の中心が、日本初の
首相であり、首相を退任した後、韓国を統治する統監府の初代統監
となった伊藤博文である。
つまり、このおかげで朝鮮の人が臨まない日韓併合が進んでしまう
事になってしまう。本来の目的とは逆に事となってしまうのである。

伊藤博文が、日韓併合に思う考えは、伊藤博文を暗殺した安が語る
「東洋平和論」と全く同じである。
同じ考えの人間が同じ考えの人間を暗殺をしてしまう。自国を併合
する日本の大親分は憎い奴であり、その中心人物を暗殺する事で、
自国の国民を奮い立たせようとの思いからなのかも知れない。
しかし、アジアが西欧列強の植民地となるのを阻止しようと、日本
と朝鮮の間に入り、さらには清国やロシアとも手を組んでいこうと
考えていた伊藤博文としては、何ともやりきれない思いだったので
はなかったか。

そして、物語は続く。
伊藤博文亡き後、この暗殺事件をどう処理するのか?
穏健派と急進派の駆け引きは続く。また暗殺はこの捕まった安だけ
の単独犯だったのか?別の場所から同時に発泡したのは誰か?

雑誌記者だった著者のグイグイと引き寄せるスピード感溢れる文章
が、真相は何処にあるのだろう?と読む人の心を揺さぶる。

さて、もうひとつ。
あとがきで、自身の体験した話がなかなか興味深い。ある時、筆者
の居候となった青年の話。
その青年は戦時中中国で生まれたが、その時母が亡くなってしまう。
その時、父親と仲の良かった朝鮮人の夫婦にも子供が生まれたが、
こちらの子供は死産だった。妻を亡くした父子と、子供を亡くした
夫婦、その子は朝鮮人の養子となって育てられる。

その子が育ち学校に通う頃、実の父親が現れる。
そして、日本人と判ったその子は韓国から強制退去となってしまう。
その退去する事が決まった日、今時、仲良くしていた学校の仲間達
から彼は、日本人と判り反日感情の為に苛められる。
少年と仲良くしていた子供達同士、互いに殴り合い、疲れはてた時、
その仲間達は彼に「本当に日本に行ってしまうのか?」と言われる。

そして退去の日、彼らはそれぞれが持ち寄った餞別を彼に渡して、
泣きながら彼を見送る。

両国の間には単なる憎しみでは無い、複雑で深い沢山のひだのよう
な、様々に入り交じった感情が存在する。









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