小林カツ代と栗原はるみ

  2月

著者 阿古 真理
出版 株式会社 新潮社

戦後の料理研究家の著書やテレビの料理番組を通し、日本の家庭
料理の変化を分析した本である。

昭和31年より始まった、NHKの「きょうの料理」に出演した
赤堀全子から、江上トミ、飯田深雪、入江麻木、城戸崎愛、有元
葉子、土井勝、土井善晴、村上昭子、辰巳浜子、辰巳芳子、小林
カツ代、ケンタロウ、栗原はるみ、栗本心平、コウケンテツ、高
山なおみ、と続く料理研究家の成り立ちからそのスタイル、時々
の時代の変化に寄与した事柄を、綿密な取材の元、詳細に著して
いる。

本書の中で、特に印象深かったのが以下のくだりである。
「昭和ヒトケタ世代は・・・(略)本格的に料理を教わるべき十
代は食糧配給の時代に突入しており、自身は学徒動員で働く日々
を過ごしている。
昭和十年代生まれは・・・(略)ひもじい思いをして育っている。
・・・(略)家庭を持つ二十代が経済成長の真ん中で、育った環
境とはまるで違う台所を手に入れている。
昭和前半生まれに共通するのは、家庭の中で受け継がれた知恵や、
家庭料理を知らずに育っていること。・・・(略)きちんと勉強
できなかったという思いを抱く人が少なくない。料理の基礎が身
についていないコンプレックスもある。

戦争に負けて今迄の価値観が喪失した中で、高度経済成長を迎え、
今迄とはまるで違った家庭環境に戸惑う、日本の家庭料理事情を
端的に著している。
同じ敗戦国ながら、イタリアは家庭料理、いわゆるマンマの味を
継承している。この違いは食文化の深さによるものなのか、また
は、日本のような高度経済成長を遂げなかったイタリアの、家庭
環境の変化が少なかったのか、その理由は不明だが、その戦争の
おかげで日本の家庭料理の系譜は分断されてしまったといえるで
あろう。そして、その分断された家庭料理を取り戻すべく、受け
入れられたのが、上記の料理研究家達である。

さて、本書を読んで感じた事。
著者は、綿密に資料を読込み、ライブラリーを観て、冷静に分析
を行っている。そして、明確に断言している。
明確に断言しているとはいっても、高圧的ではない。冷静な分析
により、納得出来る点が多い。

ここ数年、もの事を明確に断言する人達が急激に減ってしまった
事がとても気になっている。インターネットとスマホの普及の為、
誰でもが匿名で誰かの発言に対し、批判や中傷を行う時代となり、
人々は、もの事を明確には言わずに肝心な点をはぐらかすように
なってしまっている。不特定多数の匿名の批判や中傷をかわす為
なのであろう。
この国の首相も、責任を感じるとは言っても決して、責任を負う
とは言わない。そして、多くの若者は料理を食べても「ヤバイ」
か「美味しいかも知れない」としか言わない。

「美味しいかもしれない」という疑問形で分からないのであれば、
言うなよ。と思いたくなる。

世の中、段々と抽象化し、もの事を明確に断言しない、無責任の
時代となっている中、著者の詳細は取材と明確な分析を見ると、
なぜか爽快感を感じてしまう。
そして、以前から気になっていた食に関してのもうひとつの事、
それは、日本のフードジャーナリストの不在がある。料理評論家
や食文化研究家は、あまた多く存在するが、真の姿を著している
人がいないという点である。
例えば、以前紹介した「危ない食卓」のように、ファストフード
や精肉企業に潜入し、表には出ない不都合な事実や問題点を公表
するジャーナリストが日本にはいないのである。日本の料理評論
家や食文化研究家は、美味しい料理は紹介しても、不味い料理は
紹介しないし、食に関連する企業の問題点を指摘する人は、皆無
である。
そんな中で、本書の著者は、その詳細は取材力と明確な分析力、
そして、その内容を冷静に分かり易く断言する力を持っている。

本書の著者が、本当の意味での、日本のフードジャーナリストに
なってくれる日を願う。





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